会計基準と投資スタイルの関係
以前にお伝えした通り、銀行のALMには本業の収益を補完する役割が期待されています。
そのためには、一定程度の収益を期待できるサイズの投資ポートフォリオを保有することが必要となります。
しかし、大きなポートフォリオを「売買目的有価証券」として保有すると、決算上、決算日の市場価格で評価されるため、「長い投資期間の中のある特定の日の市場価格」という偶然性の高い要素により期間損益が大きな影響を受けてしまいます。
後の回で解説いたしますが、銀行経営者に対する期間損益の追求、そしてその結果としての株主への利益還元のプレッシャーは以前に比べ格段に強まっています。
こうした中、期間損益の大きなブレを生み出す大きな投資ポートフォリオを保有することは、経営者にとって大きなリスクとなります。
現在の会計基準に適合した投資スタイル
それでは、「満期保有目的の債券」として保有すればよいかというと、それにも問題があります。
上でも述べたように、銀行のALMには本業の収益を「補完」する役割が求められています。
すなわち、景気が悪化して本業の収益が振るわないとき、ALMのポジションにより大きな収益が得られることが銀行経営に望ましいのです。
しかし、前回解説したとおり、満期保有目的の債券は満期前に売却できませんし、保有目的の変更も原則的にできません。
したがって、ある特定のタイミングで、「益出し」すわなち、会計上の評価より市場価格が高い銘柄を売却し大きな利益を上げることは、満期保有目的の債券には難しいのです。
「その他有価証券」の利便性
そこで便利なのは、「その他有価証券」です。
その他有価証券に分類された国債は、市場価格の変動が期間損益に影響を与えません。他方、売却することも可能なので、益出しすることもできます(売買目的と見做されないよう、購入から売却までの期間があまりに短くならないよう配慮する必要はあります)。
こうした特徴により、銀行が大きな国債ポートフォリオを保有する場合は、その他有価証券として保有されるのが一般的となっています。
簿価通算の制度
しかも、国債には、「銘柄が異なる国債は簿価通算されない」という特徴もあります。
簿価通算とは、同一の資産を異なる価格で購入した場合、対象となる全ての資産の簿価が平均購入価格となることを指します。
例えば、製造業では、同種の資産を異なる価格で購入した場合において、平均法のように均一の簿価とする方法と先入先出法のように異なる簿価が併存する方法の両方が認められています。
しかし、有価証券では同一銘柄の価値は完全に一致するため、明細ごとに異なる簿価とすることが認められていません。
ところが、国債は定期的に新しい銘柄が発行されており、同じ10年国債であっても銘柄が異なる国債には異なる価格がつけられています。
このため、銘柄が異なる国債は簿価通算されないのです。
簿価が異なることの効果
簿価が異なることには、意外な利点があります。
「益出し」の反対概念は「損出し」です。
本業が不振の際に市場価格が財務上の評価より高い国債を売却し利益を出すのが「益出し」ですが、本業が好調の際に市場価格が財務上の評価より低い国債を売却し損失を出すのが「損出し」です。
これにより、損出し後の国債ポートフォリオの品質を高め、来るべき益出しのタイミングにおける益出し余力を高めることができます。
様々な簿価の国債を保有することは、この時に役に立ちます。
すなわち、益出しの際は簿価が低い(売却時の利益が大きい)銘柄を優先的に売却し、損出しの際は簿価が高い(売却時の損失が大きい)銘柄を優先的に売却することができるのです。
こうして、銘柄が異なる国債が簿価通算されないことの効果として、柔軟性の高い国債ポートフォリオ運営が可能となります。
まとめ
今回解説したように、J-GAAPにおける国債の取扱い方法は日本の銀行が大きな国債ポートフォリオを保有するのに一役買っています。
こうしたこともあり、日本の銀行は外国の銀行と比べて大きな国債ポートフォリオを保有しているため、批判を受けることもあります。
加えて、バンキング勘定が抱える金利リスクはバーゼルの自己資本比率規制上の第一の柱の計測対象となっていないことも批判に拍車をかけています。
このあたりの事情については、今後、解説していこうと思います。
次回は、銀行経営者の期間収益追求プレッシャーが強まった背景について解説していこうと思います。
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